斎藤一人の知らないと損する不思議な話

ひとりさん

今から、幸せになる話。

俺はこれが本当の成功法則だと思っているのね。
本当に納税日本一になった人が語る成功法則が真髄だと思っているから。

ただ、途中で、神様が好きだから神様とかっていう言葉使うけど、全く宗教とかそういうこととは関係ないからね、そういうこととは頭に入れて聞いて下さい。

最初、成功法則じゃないように聞こえるけど、成功法則なの。
本当に楽しい成功法則だからね。
だんだん楽しくなるからね、聞いててね。

 

生まれ変わるたびに魂が成長する

 

人間ってね、何度何度も生まれ変わるんだよ。
これ言うと信じられる人が半分いるのかな? 半分いるかいないかだと思うんだよね。

俺たちは、前世もある。
今世もあるし、来世もあるんだよ
これを信じられるひとは、半分なんだよね。

キリスト協会圏っていうのは、輪廻っていうのを全然認めてないから、これは100%に近いくらい信じる人がいなかったの。
日本は、仏教で輪廻の話はずーっとしてんだよね、何回も、生まれ変わりはあるよっていう話はしてんだけど、まぁだいたい半分かな。

それでね、最近アメリカやなんかでも、退行催眠っていって、催眠術かけて、「5歳のときの経験は?」とは、「10歳のときは?」とかって下がっていくと、過去世のことを話し出す人がいっぱいいるんだよ。
それを今度追っかけ調査すると、本当にそういう人が生きてたことが分かってきちゃったから、アメリカでキリスト教の国でも、だんだん考えが変わってきちゃったの。

アメリカってね、科学的に調べるとこなの。
立証して、立証するんだよね。
立証する国が、だんだん「これ、前世はあるぞ」っていう話になってきちゃったんだよね。

だから、全員に信じろっていう話じゃないんだよ。
俺は、前世もあるんだよっていうことで話しするからね。
信じない人は、おとぎ話聞いてるようなつもりでいて。

それで、最近小さい子やなんかで、過去世を覚えてる子が生まれてきたりするんだよね。
「僕はどこどこの村で、何歳で死にました」とか言って。
行くと、その村があってその子がいて、何歳で死んだとか言って。
そこのうちに行くと、「ここは誰々のおじちゃんちだ」とか言うんだよね。
本当そうだったりするんだよね。

そんなことがだんだん分かってきたときに、じゃぁ人はなんで何度も生まれるんだ?っていうことになるんだよね。

人はやり残したことがあるから生まれるんだ。
何度何度も生まれるのは、やり残したことがあるんだ。

やり残したことはなんですかって言ったとき、魂の成長なんだよ。
魂の成長で生まれるんだよ。

簡単に言うと人間の魂っていうのは、霊魂ていうのは、死なないんだよ。

最近、うちが除霊をすると、後ろから霊が出てきたり、しゃべったりするんだよ。
霊がいるっていうことは、人は死なないんだよ。
わかるかい?
死んで終わりだったら霊魂は出てこないんだよ。

この前、生まれ変わりは信じないけど、幽霊は信じるっていう人がいたんだけど、それって無茶なんだよね。
幽霊がいるっていうこと自体、霊魂不滅の話をしてんだよね。
ただ、あの世に行かないやつがいるっていう話で。
分かるかな?

これから成功法則の話になるからね。

人は因果を通して成長する

人間っていうのは、魂がどんどんどんどん成長して来るんだけど、その成長はなんでするかっていうと、因果を通して成長するようになってんだよ。

因果ってなんですか?

カルマっていうんだけど、カルマっていうのは、悪い事をすると悪い事が起きる。
良い事をすると良い事が起きる、それをダルマっていうんだよ。
悪い事して悪い事が起きるのがカルマ、良い事して良い事がおきるのがダルマっていうんだよ。
OKかい?

因果を怖いものだと思っている人がいるけど、因果って怖くもなんともないんだよ。
怖い物として言ったやつがいるんだよ。
因果を商売にしようとしてるやつがいるんだよ。

実際はそんなに怖い話ではないんだよ。
いいかい?因果っていうのは、例えば、私がえみこの足を踏むよな?

それでも俺は痛くないんだよ。
でも、踏まれたえみこは痛いよな?
だけど、俺がまた踏まれれば痛いのはわかるよな?
わかるかい?

人間ってやったりやられたりして、人の痛みが分かるんだよな?OK?

じゃぁ因果は罰ですかっていうと罰ではないんだよ。
俺がえみこさんの足を3時間踏むとするんだよ、それで俺が3時間踏まれたら罰なんだよ。
OKかい?

だけど、魂の成長だから、「俺も前世で人の足踏んだんだな」って。
わかるかい?

「人の足って、やられたらよくわかったよ。」
「こんなことはもう二度とするのはやめよう、人の嫌がることはやめよう」

って言ったら、これを因果の成就というんだよ。
もうその因果は成就したら消えちゃうんだよ。

だから、簡単なこと言うと、人の悪口って「その人はあーなのよ」って言っている時はいいんだよ。
逆に言われると相当ショックなんだよ。

いじめも、いじめてるやつは大してショック受けてない、いじめてるやつは、楽しいからやってるんだよ。
やられてるほうは、自殺するくらい、命にかかわるくらい、嫌なんだよ。
そんなのって代わりばんこにやられないとわからないんだよ。

わかるかい?
前、ただおちゃんが会社でいじめにあってたとき、「その上司にありがとうって言ってごらん?」「感謝してますって」言ったら消えたんだよね。

なぜかっていうと、魂っていうのは、実はグループなんだよ。

代わりばんこで田舎芝居だと思ってて、旦那さんは昔前世で弟だったり、奥さんは妹だったりとか、メンバーが同じなんだよ。
それをソウルメイトというんだよ。
ただおちゃんは昔、自分が上役だったとき、嫌な上役だったんだよ。

ここでよく覚えてよ。

因果の法則というのは、先祖供養っていって、先祖が浮かばれていないからあなたに嫌なことが起きますとか、先祖が悪い事したからあなたに悪い事がおきます。
それから、先祖が良い事をしたからあなたに良い事があるんだねって、良い先祖持ったねって言うけど、これは嘘なの。

簡単に言うと、先祖が良い事したのは、先祖が生まれ変わったときに良い事があるの。
先祖が悪い事をしたからあなたに出てんじゃないの、先祖が生まれ変わったときに悪い事が出るの。

あなたに悪い事が出てるのは、あなたがやったの。
あなたが太ってるのは、あなたが食ったの。
わかった?

あなたがデブなのは、あなたが食いすぎなのであって、先祖が食いすぎてあなたが太ってるんじゃないんだよ。
あなたが痩せたのは、あなたが、食事節制するとか運動するとかダイエットするとかしたとか、あなたの努力なんだよ。

キリストがみんなの罪を背負って、キリストが十字架にかかったの。
本気でその気でやってくれたの。
ありがたいんだよ、そういう人だからみんなで感謝したほうが良いよ。

自分の尻拭いは自分しかできない

ただ問題は、人の罪は背負えない。
誰かがあなたの代わりにおしっこに行くことはできない。
できないんだよ。

因果っていうのは、あなたのやったものが出てくるんだよ。
OKかい?
あなたのやったことがでてくるんだから、必ず刈り取らされるんだよ。

今世ものすごく良い事すると、今世良い事したのは、来世にでるんだよ。
「あんな良い人がなぜあんなに苦労してんのかしら」っていうけど、前世でろくでもない事をしてるんだよ。

みんなろくでもない事をしてるんだよ。
山ほどしてるんだよ。
今だって未熟な人間が、1000年前なんてもっと未熟に決まってるんだよ。

そうすると、ろくでもない事したと、今世刈り取るんだよ。
ただし、その中から自分が、背負えそうなものしか持ってこないんだよ。

「今世はこれとこれとこれを解消してきます」って決まりがあるんだよ。
自分で選んだものだから、絶対超えられるんだよ。OK?

それを刈り取るときに、部長が怒鳴ってばかりいたら「俺も上役のときにずいぶん怒鳴ってたんだと思うから、ずいぶん今日は刈り取ったなと、刈り取ったから収穫祭で今日は1杯やろう」と思えばいいんだよ。

それを、「なんで俺はこんな目にあうんだ」って言って、刈り取りながらそこに不平不満の種を撒くんだよ。
またそれが、来世刈り取るんだよ。
これを因果が巡るというんだよ。

もっとひどいのになってくると、人間は悪い事ばかりじゃなくて、良い事もしているんだよ、そうすると良い事が起きるんだよ。
「おれも良い事をしてたんだな」って言って喜んで刈ればよいんだよ。
それを、「この幸せはいつまで続くのかしら?」って言って、良いことを刈り取りながら、不安の種を撒くんだよ。

わかるかい?
そうすると来世ひどいことになるよ。わかるかい?

因果の法則でね、自分がすごい得意だとするじゃん?
自分が、字が得意だって言って、字の書けない人なんか見てバカにしたり、薄ら笑いをしたりすると、人を小ばかにした薄ら笑いってものすごくいけないんだよ。
そうすると本当に半身不随になったり、目が見えない人が出てきたりするんだよ。

わかるかい?なぜかっていうと、魂を傷つけると・・・、魂とは人間の中で一番大切なものなんだよ。
それを傷つけると、腰とか、腰っていうのは体の要だからね。月偏に要だからね。
要するに腰が動かないだけで、体っていうのは動かなくなっちゃうんだよ。

それとか、目とかに出るんだよ。
因果の法則は、昔からそう言われているんだよね。

あざ笑ったくらいでそうなんですか?っていうとそうなんだよ。
そういう人がいたら、この人は因果なんだと思っちゃだめだよ?
いいかい?

俺たちもやってるの。
ただ、背負いきれないの。

だから、後回ししてもらっているの。
とても今は背負いきれないから、勘弁してもらってるの。
何回も輪廻する間には1度はやらなきゃいけないの。

だから、そういうことを背負ってくるっていうのは、ダウン症の子なんかでも、本当に天使みたいなの。
本当に可愛い性格なの。
最後そういうおっきいやつ持ってくるんだよ。

そういう子が生まれる家っていうのは、お母さんも、魂や、親も成長してるから、面倒見が良いところに生まれるんだよ。

中には、そういう重症の子を3人も産んでる子がいるんだよ。
その3人に耐えられるだけの愛を持ってるんだよ。
わかるかい?すごい人たちなんだよ。
魂が最終段階を迎えた人たちなんだよ。

よくお母さんなんかで、「この子を残して死んだら、私どうしよう、道連れに一緒に自殺を」って考える人もいるんだよ。考えちゃう人がね。

「ダメだよ」って。
そういう子は親に心配かけないの、ちゃんと早死にするの。

最終段階で親に迷惑をかけに生まれてきたんじゃないの。
親は心配しないで、ただ可愛がればいいの。

最初からできる人はいない

この前、まるかんの発表会のときに、来てた男の子が、重度の障害者を面倒看るところに勤めているのね。

「いくら自分が教えてもご飯を食べられない、基本的な事ができないから自分はイライラしちゃうんだ、自分はどうしたらいいんだろう」
っていうから、

「その人たちな、魂の最終段階だから、手掴みでご飯食べていようが何しようがいいんだよ」
何もその人たちが普通になることはないんだよ。
普通以上の魂なんだよ。

そのお母さんたちすごいんだよって教えてあげたの。

そしたらその子が、この前すごいこと発表したの。

それから1週間か10日たってからがその発表会で、その前の最初の質問に、「自分はなかなかできないのに、いきなりきた女の子にうまく食べさせたりできる子がいるんだ」って。

「その子は何代もやってんだよ、そういう子の面倒を、きみは今始めたばかりだからできないんだよ。」
って言ったの。

立派なお母さんだとか、立派な魂の子だと思って接してごらんって言ったら、この前すごい事いったのね。

自分は我慢して何年間もこの職場に勤めているのかと思ったんだって。
見方が変わったら、「この子たちが未熟な俺に我慢しててくれたんだ」ってことがわかったんだって。
「この子達は文句も言わずにずっと我慢してくれた」ってことがわかったら、身が震えるような思いをしたって言うんだよね。

だから、人間って、魂的なことがわかるとね、違いが出てくるねって。
同じ働いてても。
ここに一生勤めるかどうかはわからないけど、勤めている限りは一所懸命やりたいんだ。
未熟な自分に付き合ってくれてる子に、一所懸命やりたんだって言ったんだよね。

だから、すごいな。
いいかい?

俺たちの魂は、努力したものは消えないから。

イチローみたいのは、1000年もスポーツやってるの。
ショパンみたいのは、3つで何とかって言う有名な曲弾いたっていうけど、何代もやっているの。10代も20代も音楽に打ち込んでるの。
だから、生まれてたときには天才なんだよ。

うちの子も3つから始めたら・・・っていうけど、あんたの子は今初めてなんだよ!
よく人は、あいつはいろんな才能があって得してるけど俺は得してない。っていう。
「得意なものは?」って聞くと、「僕何もないんです」っていう。

今まで何もしてなかったの?
今からやればいいの。

俺だってバイオリンを今からギーコーギーコーやってればさ、1000年も経てば名人になっちゃうよ。
そういう蓄積があってやってんだから、逆に言えば、もう年だからじゃないの、今からでもやればね、高野山だか比叡山だったか忘れちゃったけど、そこの100歳近いお坊さんが、「これから英語をやる」っていうから、「今からじゃ遅いんじゃないんですか」って言ったらね、「来世楽だから」って言ったの。
だから、そういう目で見ると物がずーっと見えてくるんだよね。

生まれ変わり生まれ変わりしながらわかればいいんだよな?
自分が前世やったことなんだから刈り取ろうっていうことで、いまから、このカルマをダルマに変える方法があればいいんだよね?
カルマをダルマに変える会っていう「ダルマの会」みたいなのを作りたいと思ってるくらい。

 

「私は愛と光と忍耐です」と言おう

 

それで、どうするんですか?って話なんだけど。
これからが幸せになる話なの。
全然信じられないひとは、おとぎ話聞いているつもりでいてよ。

私は、愛と光と忍耐です。

もう1回言おうか?
私は、愛と光と忍耐です。

天の中心になんと呼んで良いかわからないエネルギー体があるんだよ。
これをアラーと呼ぶ人もいる、ヤファウエーと呼ぶ人もいる、大日如来と呼ぶ人もいる、盧遮那仏と呼ぶ人もいるんだよ。
日本的に言うと天之御中主様っていうんだよ。

要は天の中心にすごいものがある。
それが、俺たちに分け御霊というのをくれてて、命はそこからしかこないんだよ。

だから、世界中の学者が集まっても、タンポポの葉っぱ一枚できないんだよ。
生きてるものは全部できないんだよ。
生命というエネルギーは神がくれるものなんだよ。

分解すると、たんぱく質が何%・・・「全部材料集めて命作ってごらん」って出来ないんだよ。

OKかい?
俺たちは分け御霊というのをもらってんだけど・・・
このおとぎ話のような話が信じられれば、因果を解消できるの。OKですか?

この天の中心のこの神様、なんと呼んでも構わない。
これは、愛と光と忍耐で出来てるんだよ。OKかい?
だから、自分も愛と光と忍耐になっちゃえば、神と同じになっちゃうんだよ。OK?

これからが因果の解消法の話で、幸せになっちゃう話ね。

心を愛と光と忍耐で満たす

1日100回「私は愛と光と忍耐です」って言うの。

今言っていることは、皆で実験しようって言ってるの。
実験してみんなが同じ結果であればいいんだよね?

わかるかい?
俺はそのことを証明できるといっているんだよ。

「私は愛と光と忍耐です」って言うと、100回言うと、忍耐が苦手なやつは、忍耐って言うと嫌な気持ちがするんだよ。
愛のないやつは、愛っていうと嫌な気持ちがするか、逆に涙流しだすか、要は、受け入れないものがあるんだよ。

「何故受け入れないんですか?」っていうと、愛とか忍耐以外のものが心に入っているんだよ。
満ちてるんだよ。
心は空っぽではないんだよ。

そこに愛という、要するにコップの中に泥水が入ってると、それを水道の下に入れて、真水をたらすと、朝までに真水に代わるんだよ。
綺麗なコップになるんだよ。

ということは、綺麗な水が入ったとき、泥水が落ちてるんだよね。
わかるかい?
「愛と光と忍耐です」と入れていると、それ以外のものが落ちだすんだよ。

そうすると嫌な気分になるんだよ。
嫌な気分を溜めてるんだよ。
そんなもんで幸せになれるわけないんだよ。

人によって、1日目か、2日目か、3日目か、4日目かわからないけど、心が晴れ晴れとするときがあるんだよ。
だいたい10日間でなるんだよ。
1日100回、1000回でなる。

もっと言ってもいいんだよ。
ただ、ここにいる人たち、1日100回ずつ言って、何日目でスカッとしてきましたか?
それを話し合いましょうよ。

心の中に「愛と光と忍耐」と入れるよね?
これを知るというんだよ。

みんな俺から教わったから知ったんだよね?
これを知るというの。

知ったことは経験するの。
経験というのは、水泳というものがあるんだよっていう話をいくら聞いても、水の中に入らなきゃ泳げないんだよ。
空手の本を10冊読んでも瓦は割れないんだよ。
瓦が割れずに手が割れたりするんだよ。

わかるかい? それは、経験しなきゃいけないんだよ。

じゃ、知りました。
そうしたら、えみこさんだろうが誰だろうが、全員やったことが違うから、起きてくる因果が全部違うんだよ。

でも答えはたった1個なんだよ。

この問題を愛と光と忍耐として答えたら、どうなるんだろう?
それで答えを出す癖をつければいいんだよ。

そうすると「浮かばなかったんです。」
浮かばなくてもいいんだよ。

前は、「このバカヤロー!」って言っちゃうところを、「愛と光と忍耐」と考えただけでも前よりも1歩進歩しているんだよ。

そういうふうに答えだしてくると、次の段階は、答えがでるようになるんだ。

思ったら言うんだよ。
言ったらどうなるか。
言うと、こういう現象が起きる。

心に引っかかりができるんだよ。
スカッとするんじゃないんだよ。
「もうちょっと、あぁ言えば良かった」
「俺笑顔が足らなかった」とか。
あとから反省点がでるんだよ。

わかるかい?

そうするとその反省をしながら、また次に向かうと魂は、上に上にと向上するんだよ。

因果とは、あなたが出したものと同じ高さの津波がくると思えばいいんだよ。
津波がくるのは、出したときと同じ次元にいるから、津波にやられるんだよ。
ところが、魂が向上して上にいっちゃうと、津波が来ても被害はないんだよ。

津波が来ないと言ってんじゃないんだよ、もっと上にいっちゃえば、来る必要もないんだよ。
起きたことに対して、これは「愛と光で~」っていう解決を考えればいいんだよ。
それで言う癖をつけると全部消えちゃうんだよ。
OK?

必ず心が引っかかる。
心が引っかかったら改良してまたやる、そうするとどうなるか?

魂が上になってくると、今度は、神様の今度試験があるの。
「こういうことしてても問題が起きるんです。」って起きるの。

慣れてくるとそろそろ神様の試験があるぞってわかるように試験があるんだよ。
そうしても否定的なことを言いたくなるような試験を出されるんだよ。

そしたら、この問題は「愛と光と忍耐」で答えたらって、答えは1個なんだよ。
答えの出し方の問題じゃないんだよ、1番の問題は、心構えなんだよ。
要するに愛と光と忍耐としたら・・・っていうことなんだよ。OK?

それでやれば全部がうまくいって、因果は解消するんだよ。
カルマがダルマに変わるんだよ。

神の領域に居座る努力を

この世の中は大局、男がいて女がいるんだよ、闇があって明かりがある。

いいかい?覚えておいてよ。
神とは愛と光なんだよ。

愛と光って言うのは簡単に言うと、優しいんだよ。
そして明るいの。
優しくて明るいんだよ。

もう1回言うよ、優しくて明るいの。
これを愛と光っていうんだよ。

じゃぁ、反対側。

1mの棒があると思って。
一番右端が愛と光とするよな?
反対側の対極が、闇、暗さと恐れ、恐れと暗さなんだよ。

真ん中から向こうを悪魔の領域っていうんだよ。

だから、恐れがちょっと軽くなったようなものが心配なんだよ。
「心配だ心配だ、子供が心配だ」っていってる人は、天国行けないよ。
悪魔の領域なんだよ。わかるかい?

子供は心配するのは当たり前っていうけど、子供は1個の魂であなたの所有物ではないんだよ。
川の流れのようにあなたの体を流れて出てきたけど、魂は1個の別物なんだよ。
あなたと同等の魂なんだよ。

この魂は自分でやれることを背負ってきてるんだよ。
どんなことをしても修行してカルマを解消しようとするんだよ。
だけど、親は苦労をさせたくないんだよ。
だけど、片っ方は経験したいんだよ。
そこにぶつかり合いが生じるんだよ。

この子はこの子で、魂で自分の背負えるものを背負ってきたんだよ。
「あなたはそれを超えられる立派な人なんだ、お母さん信じてるよ」っていうのが信じてるっていうことなんだよ。

自分には、お母さんにはお母さんの魂の成長があるんだよ。わかるかい?
子供を信じて自分を信じて神を信じてる人間に心配なんかないんだよ。わかるかい?

真ん中からこっちの神の領域。
いいかい?

愛と光というものに、いつも心を忍耐強く置くんだよ。

忍耐とは、苦しいこと、悲しいことに耐えると言ってるんじゃないんだよ。

俺、仕事してても、そんなに忍耐強くとか辛抱してとかやったことないんだよ。
この代わり、気持ちを暗い方とか、俺の御弟子さんに俺の機嫌取った人いないっつんだよ。
何十年間も、俺は自分で愛と光・・・要は優しくて機嫌良くて明るいところにいるんだよ。

わかるかい? みんなが否定的なのは、実は、習慣なんだよ。
みんなが暗いっていうのは、習慣なんだよ。

あなたの習慣じゃないんだよ。
あなたの考えは、あなただと思ってるけど、実は、親の考えとか、その親はおじいちゃんの考え、先祖代々そういう考えで、後は世間の言うことを聞いてるだけで、あなたの本当の考えなんか何%もないんだよ。
あなたと思ってるのは、あなたではないんだよ。わかるかい?

それで、自分がいつも魂の領域にいるんだよ。
だけど、戻っちゃうんだよ。

タバコが止められないっていう人いるじゃん?
だれかが、刀みたいなの持ってきて、タバコ吸ったら刺しますよって言ったら、タバコ止めるよな?
わかるかい?それを自分でやりなさいっていうのが・・

いいかい? 忍耐の忍っていうのは、刀の下に心を置くんだよ。

歯磨きでも左から磨いちゃうやつが、右が正しいんだよって言ったら、1週間くらいは我慢して、右からやらないと、要するに反対からこうやってやる癖つければなっちゃうんだよ。
だから、癖を付けるまでは、心に刃物の押忍という気持ちがないとできないんだよ。

わかるかい? ぐっと忍ばないと駄目なんだよ。
心を、愛と光のところに置いておかないと駄目なんだよ。
OKかい?

心が正しい場所にあれば、考える必要はない

全てのこと、嫌な男のやつでも我慢しましょうとか、こういうものでも我慢しましょうとか、そんなこと言ってんじゃないんだよ。
心を明るい方に置くんだよ。

いいかい?
そうするとどういう現象が起きるかっていうと、いいかい?

「人はワクワクすることをすると、成功する」っていう本が随分出たんだよ。
それをはなえちゃんやなんかが20何年前に、「これ一人さん本当なの?」っていうから、「それすごい危険な考えだよ」って。

なぜかっていうと、人間の心が愛と光にいるときは、神の領域だから神の閃きなんだよ。
ところが、心配だと、例えば、「老後心配だ、このままで私たちやっていけんのかしら?」とか思ってるときに、投資の話が出てきて、「月1割くれる」とか聞くとワクワクするんだよ。

問題は、成功者にだけアンケート取ったら、ワクワクしましたって、「神の領域にいるときワクワクしたんですか?心配ごととか暗い考えのときにワクワクしたんですか?」って。
失敗者もワクワクはしてるんだよ。
だから、失敗者の場合は、よく考えなきゃいけないんだよ。

そうすると、そんな投資話なんかあるわけない、テレビやなんかでも聞いてんだよ。
考えるというのは、知識の賜物なんだよ。
わかるかい?

知識だから、もしかすると、「お母ちゃん俺だよ」って言っても、「そういうのテレビでやってたな」とか、「本当にお前あれだったらなんつー名前なの?」とか、「生年月日言ってごらん?」とか、よく考えないんだよ。
わかるかい? よく考えなきゃ駄目なんだよ。

悪魔の領域にいるときに浮かんだらワクワクしたからやったらえらいことになっちゃうんだよ。

友達に聞くとか、人に聞けば、人の知識まで蓄積がもらえるんだよ。
ところが、神の領域で閃いたものは、考えちゃ駄目なんだよ。

愛と光で考えだしたものは、愛と光の行動だから、やっても間違いはないんだよ。
閃きを考えると、考えには否定的なもんも入っているんだよ。
周りで、否定的で、成功していない人に、蓄積で聞いても、このものの答えは出ないんだよ。

成功者は必ず、愛と光の神の領域に置いてるんだ。
心を神の領域に置いてる、そこに辛抱強く、忍耐強く心を留める癖を付けるんだよ。

そうすると、俺なんかの場合、「よく閃きますね」っていうけど、いいかい?
愛と光のところに忍耐強く置いとくと、いろんな閃きが来るようになるんだよ。
だから、これは、誰でもできるんだよ。

こういうことを聞くと、「人は愛と光なんだ、言ってみよう、やってみよう」ってやりだすと、心の中に火が灯るんだよ。

こういう話を聞かないときは、無明の世界といって、闇の中をライトを点けずに車を運転してるようなもんだから、やたら事故ったりぶつかったりするんだよ。
ところが、闇の中であなたに心に火が灯りました。
そうすると何がわかるんですか?

周りが闇だということがわかるんだよ。

これが神のプレゼントで、まず第1の気づきなんだよ。

どういうことなんですか?って、自分が天国言葉言ったり、「私は愛と光と忍耐です」とかって言ってるのに、周りに暗いやつばっかりいるとか、地獄言葉のやつばっかしいるっつーんだよ。

やっと気がついたんだよ。
あんたもそれを言ってたんだよ。

そういったら、辛抱強くやり続ければいいんだよ、忍耐強く「愛と光で・・」ってやってればいいんだよ。
そうすると、火が大きくなるんだよ。
そうすると、周りも照らされだして、変わってくるんだよ。

みんなでやってみよう

俺たちは、人生という時間、今ここでしゃべってても時間が1分1分過ぎるように旅路を歩いてるんだよ。
心に火を灯しながら、愛と光と忍耐ということで答えを出して歩いてると、類友の法則って言って、類は友を呼ぶって言って、同じような仲間が集ってくるんだよ。
そこで人生が変わりだすんだよ。

わかるかい? だから、これを淡々とやり続けなきゃいけないのよ。
周りが暗いからやんなっちゃうって、地獄言葉を吐くんだよ。
周りが暗いから電気がいるんだよ。

電球の球で闇夜がやんなっちゃうとかないんだよ。
そのためにあるんだよ。
だから、俺たちはそのために光を灯すんだよ。
それで、天国言葉を言うんだよ。

言ったら、誰でもこのプロセス・・言うと、状態は良くなるけど、心に引っ掛かりができて、「次はもうちょっと良いこと言おう、もうちょっと良いこと言おう」って言って、魂が成長する。
それでも、地獄言葉を言いたくなるように、神が試験をくれる、でもその試験をくれても、相も変わらず、愛と光で忍耐強くこれを、答えを出すんだよ。
そうすると、その闇にような物が消えてくんだよ。

わかるかい?

人間っていうのは、俺から法という、今教えを聞いたんだよ。
法というのは、幸せになる方法なんだよ。
法というのは、縦糸なんだよ。
日付変更線やなんかに書いてある横糸と縦糸の縦糸を言うんだよ。

この経というのは、縦の糸に重りをつけると、下に重りをつけると真っ直ぐになるんだよ、真っ直ぐ下に向くんだよ。
横向いたり、上向いたりは絶対にないんだよ。

世界中そうなんだよ。
これは世界共通の教えという意味なんだよ。
だから、俺が教えてるのは、経なんだよ。
世界で同じことができるよって言ってんだよ。

俺が教えたら、江戸川区ではそうなるけど、葛飾区ではそうなりませんでした、なんてことあり得ないんだっつってんだよ。
わかるかい?
起きた問題を愛と光で解決してくんだよ。

そうすると、神様が、それでも愚痴を言いたくなるような試験が出る。
試験が出てきたら、愛と光の答えを出す。
これをただ単純にやってれば、いいんだよ。

そうするとどうなるかって言うと、あなたは自分をつまらない人間だと思ってたかも知んないけど、いいかい?

俺から法を知る。
経験して行う。
そうすると、実は自分が何者かが分かるんだよ。

自分てつまらない人間じゃなくて、すごい人間なんだって。
人のお役に立つすごい魂なんだっつーことがわかるんだよ。

わかるかい?

知る、経験する、何者かがわかる。
これを悟りの三位一体っつーんだよ。

だからその三位一体やってみようって。

俺がね、一人三軸、まるかん軸と呼ぶかわかんないけど、その軸でやりたいのが、みんなでこのことをやろう!
それで、一人ずつがこれをやってたら、こういうことが起きましたっていう、発表しよう?

そうしたら逆に言えば、自分一人の経験は1なんだよ、だけど、50人が一人ずついれば、それを聞けば、50倍になるんだよ。
人は良いものの魂を出し合えば、魂は、10人いれば10倍、20人いれば20倍向上するんだよ。
その向上のための話なんだよ。

できたらこういうCDいっぱい配ってあげれば、別にうちに集ってくなくたって、一人だってできるんだよ。
仲間が欲しいって言う人が集ればいいんだよ。

それで魂向上していったとき、本当に幸せになんのか?そうじゃないのか?
実験しようって。
実験すれば、誰だってわかるんだよな。

それの発表し合える会が、さっき言ってたひとりさんの仲間の集る会をそれで作りたいんだよ。

みんなさ、「私は愛と光と忍耐です」これ1日100回ずつ言って。
それで、やったらすぐわかるから。

わかるかい?
良いものはすぐわかるんだよ。

やりましょうってことです。

なんか長くなっちゃってどうもすみません。

 

斎藤一人の生まれ変わりは楽しい話

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  1. 2018年 3月 12日

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