斎藤一人の愛の話(相手のことを考えるから愛)

ひとりさん

広く大きく愛する

愛っていうのがなぜこんなに説明が難しいかというと、「私はあなたを愛しているのよ」っていう言葉がありますよね。

I LOVE YOUなんですよ。
このI LOVE YOUは危険なんです。

 

ものすごく愛している人に捨てられたりすると、ストーカーなったり追っかけまわしたりするんですよ。

実はあれは愛なんですよ。

 

愛って段階があるんですよ。

祖国愛、国を愛するためなら隣の国を攻め込んでもいいと思っている人もいる。

あれも愛なんですよ、わかります?

 

愛って非常に危険なんですよ。
正しい愛にいかないと、非常に危険なんですよ。

だから日本人がこの前戦争を起こした時に、今の人たちより愛国心に湧いているんですよ、あれも愛なんです。

 

愛ももうちょっと広がっちゃって、人類愛とかまで行ってくれれば本当は良いんですよ。

民族愛とか祖国愛とか言い出してくると、いけなくはないんですよ。
民族も大切だし、祖国も大切なんです。

 

でも人間って大切だよな。

 

祖国愛って祖国が良くなれば、地球上の環境がどうなっても良いんですかって。

だから愛が狭まれば狭まるほど、すごいパワーが乱れてきて危険なんですよ。

 

もともとの愛の観念っていうのは、相手のことを考えるから愛。

それで非常にエゴと似ているんです。

自分のことを愛しているって、あなたはエゴだよねって。
でも当人は自己愛って言うの、愛って。

 

愛という名前がつくと、何でも愛になっちゃうんだよ。

胃癌だとか、癌がつけば肺癌だとか、みんな癌になっちゃうのと同じように。
愛ってなんにでもくっつけられるの。

 

だから素晴らしいものとそうじゃないものが入り混じっているんです。

だから自分の彼女が「幸せになってよかったね」って言うと、それは愛なんですけど。
「俺のことだけを見てほしい」それってエゴって言うんだよね。

エゴって自分の愛だよね。
自分の愛に相手に付き合ってほしい、わかる?

 

 

お互い二人のことを考えようよとか、俺のことはいいからお前がやりなとか、さっきの美しいっていうのは自分のことを犠牲にしてもみんなのために尽くした。

それが義だよね、それは美しいよね。

 

でもキリストが話し、釈迦が話してからすでに二千年経っているんですよ。

その間人類は全然進歩しませんでしたか?
心は発達しませんでしたか?

そうじゃないんだよ、心も発達している。

それって誰かのために誰かが犠牲になるんじゃないんだよ。

 

「あなたが幸せになんな、俺たちも幸せになるよ。」

「キリスト教の人たちはキリストで幸せになんな。」

「回教徒の人は回教徒で幸せになんな。」

わかる?

 

この地球というのは違った考えの人間が共に暮らせる世界、わかる?

だから日本もいろんな考えの人がいる。

それがいろんな考えをもって生きている。

 

自分と意見が違うから相手を抹殺しようとか、嫌いだとかって言う問題じゃないんだよ。

大きい意味でいくと、人を愛している。

黒人だって白人だって色が黄色くたっていろんな考え方があったって生きていけるんだよ。

 

愛は大きく育てないとだめなの。

基本的には、相手のことを考えてやらなくちゃいけない。

その愛は自己愛ですかって、相手を考えている愛ですかって。

 

もし自己愛だとしたら、自己愛も二つあるんですよ。

自分の国を愛しているって、それ自己愛に近いですよね?
それで隣の国へ行ったら迷惑ですよね?わかります?

そういう形の愛っていけませんよね。

相手のこと考えようよ。

 

 

自己愛を除いて魅力を高める

だからさっき言った、他の人が帰ってくる、「ご苦労様でした、疲れているんじゃない?」そういうことを言う。
それは相手のことを考えている愛なんだよね、わかる?

でも声かけなくてもなんとなくわかってくれてるような目つきもある。
その人と一緒にいると魅力があるってのがある。

俺たちは未熟だよ、未熟だから「相手はなんだろう、魅力はなんだろう」なんてやってるけど、そのうち本当に魅力的な人間になっちゃうと、その人がそばにいるだけでいいんだから。

「あの人といると落ち着くんだ、どうせご飯食べるならあの人と食べたい」
もしかすると「俺ご馳走するからあいつ呼びなよ」、ご馳走してでもいてほしい。

 

ご馳走になってもあいつとは嫌だとかもいるんですよ。
あいつと行くなら俺食わないほうがいいって。

それって何ですかって言うと、自己愛が出過ぎていると、ご馳走になんかなりたくなくなっちゃう。わかりますか?
そういう人っているんです。

 

エゴが出ないようにしなきゃいけないよって、エゴもまた愛なんだよ。

でも愛としてはすごく下等だねって、愛には六段階あるとか、七段階があるからって。

その中の愛も上がっていかなきゃいけない。
それは魂の成長と同じように、愛も上がっていけなければいけない、わかるよね?

 

ちょっと愛の話は難しくてごめんね、このぐらいしか出来ないけど、みんなの心の中は知っているんです。

エゴが抜けたら、愛しか残らないんです。

人間は愛と光でできているんです。

だから自分だけ、できるだけ自分が「俺が俺が」の皮をを剥いていくと、本当に残ったものは愛しかないんです。
だから我を少しずつ剥くの。

 

なんでかって自分で幸せなんだもん。

自分で幸せだったらあんまり「俺が俺が」ってならないの。
満たされない物が多すぎるから「俺が俺が」になっちゃうの。

それより自分が満たされると、「あなたは大丈夫?」とか「あなたは幸せ?」とか笑顔になるよね。
そういう気持ちになるんです。

 

 

私はハッピーですよ、すごい幸せなの。

ビデオを撮るでしょ、いきなり撮らされる。
無料奉仕なんですよ、私個人でやってるんですよ。

 

なんでかって言うと、さっきこの話したの。

ビデオ撮ってる、聞きたい人がいっぱいいるから。
これってなんですかって、できることはやるの。

自分が、「じゃあ、斎藤さんは?」ってもっとすごい人がいたら、俺はそっちへ行って聞くんだよ。
もっとすごい人がいたら、俺はそっちへ行って話を聞きたいです。

とりあえず、個々の中では私が一番このことを知っているの。
知ってる人が話をする。

ここで今テープを聞いた人、ビデオを聞いた人、それを他の人にやらなきゃいけない。
上手く言えなかったらビデオを持って行ってください、テープ持って行ってください。

何でもいいんです、一歩先に知っている人が教える、これって愛なの。
わかりました?

 

じゃあ、これで終わります。

 

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