あなたが生まれる前に決めたこと!人生の試練の乗り越え方

ひとりさん


はい、おはようございます。
ひとりさんの、100回聞いてくださいの話です。

今日の話は、楽しくて、難しくて、分かりづらくて、100回聞いても分からない話をします。

分からないからって、全然ガッカリしないでくださいね。
そういう人は、楽しい話だなと思って聞いててください。

自分の試練は自分で決めている

人間は、何度も何度も生まれ変わります。

それで例えば、よく自分は親が勝手に生んだんだとかって言う人もいるんですけど、ほとんどの人は親を選んできます、自分で。

たいがい、どういう人を選ぶかっていうと、この親で幸せになれるって人を選びます。
生まれてくる目的は、ほとんどの場合は、自分の魂を磨く、練るということです。

簡単にいうと、試練っていうのがあって、どんな人でも最低1個の試練は入れてきます。

例えば、大学落っこちるとか、突然病にかかるとか、そういうような試練を入れてきます。

命というのは、上が人という字です。
人は一度は叩かれるっていうふうに分析してください。

だから、一度は試練に遭いますよっていうことなんです。

ところが試練に遭っているときに、ものすごくその人は苦しんでいるんですけど、死後霊さんとか、それからその人の中に本当の真我っていうのがあります。

 

その真我とお話しすると、なんとですね、自分はどうしたらいいんだろうっつってんのに、いえ順調ですって、すごく上手くいっています、私の人生は。

それは、苦しんでいるように見えるけれども、自分の試練というものは実は、自分が決めてきたことなんです。
だから、自分が決めてきたことですから、別に困った状態ではないんです。

ひとりさんがよく、困ったことは起こらないよっていうのは、自分で決めてきたことを自分で順調にこなしてるだけだから何の問題もないんです。

だから、全然大丈夫だよっていうことですよね。

仕事が人を呼んでいる

それで、例えば親は自分で選ぶんですけど、実は仕事というのは、仕事というものからその人が呼ばれるんです。

呼ばれててピッタリの人がピッタリの所へ行くんです。

だから、この職場が気に入らないとか、自分の天職は何でしょうとかっていうけど、あなたが仕事を選ぶんではないんです。
あなたは仕事に呼ばれて行くんです。

だから、つまんない職場だなとかって思ったら、もしかしたら自分はつまんない人間なんじゃないか。

それから、つまんない職場でもしかしたら、自分はそのつまんない職場でですら一生懸命やらない人なんじゃないか。
そのつまんない仕事ですら。

要するに、簡単な仕事ですら一生懸命やらない人間なんじゃないか。

まったく、なんかブスっとしてておもしろくないな、この会社とか、おもしろいやつ一つもいないっていうより、あなたがおもしろくないから、そこへ呼ばれたんじゃないか。

 

だから、人生変えたかったら、自分が自分にピッタリの職場なんだ。

ここは、おもしろくない職場だな、しかしつまんないやつばっかしなんだな、もしかしたら自分もつまんない人間なんじゃないかと思ってください。

そこで修行します。
だからよく、じゃあ辞めたらいいじゃないかっていうけど、いや辞めるとどーのこーのやってけないんですよっていうような人もいるんだけど、今のあなたに丁度いいっつって。

ぐずぐずした職場で辞めることもできないあなたに丁度いい職場なんだ。
そこで学ぶことがあるんです。

だから、すっと辞めちゃう人もいます。

だけど、みんなが辞めたほうがいいよっつっても、辞めない人もいます。
それは、そこでまだ学ぶことがあるんです。

 

これとかしんどいけど例えば、健康のことでも何でもそうなんだけど、もう人に任せっきり、いくら体のことだからってお医者さんに任せればいいっつったって、日常の健康管理って自分でしなきゃならないじゃない。

食べ物も何にも全く変えようとしないで、人に任せっきりだとすると、具合が悪くなっちゃう人っていっぱいいるよね。

そういう人は、何学んでんですかっていうと、今世は自分のことを人に任せっきりになるとどうなるかを学んでいる。

だから、話とかいくら言っても学ばない人だっていうけど、そうじゃないんです。
魂は絶対学んでいるんです。

だから借金だらけになっちゃって、いくら周りが止めても借金だらけになっちゃう人とかっているんだけど、そういう人って、経済のことを全く考えずに借金だらけになっちゃうと、世の中どうなっちゃうんだろうかっていうことを学んでる人っているんです。

だから、人は学ばない人はいないんだ。
この人、しかし何もしないで学ばない人だなっていうけど、何もしないとどうなるかを学んでいるんです。

 

だから、魂に聞いてみると、すごい順調です。

だから、すごい苦しみなんかがある人もいても、それも本当は順調なんです。

 

今世は、自分は、人間ってものすごい数生まれ変わりますからね。

今世は、自分はすごい困難に挑戦してみたいんだって人もいます。
そういう人は、自分は体の悪い人になって生まれてくるんだ。

体の悪い人っていうのは実は、生まれながらにして体の悪い人っていうのは、何百人かに一人、何千人かに一人、必ず出るんです。

そうすると不思議なもので、そういう人ってのは、そういう人が生まれても、ちゃんと面倒を見るような優しい人を選んでくるんです。

だから、よくそういう子が生まれたからっつって、自分いじめちゃったり、自分を責めちゃう人もいるけど、ちゃんとそれは前世からの約束事で、きちっとそういうふうにして優しい心だから選ばれた。

それから、とんでもない強い魂が今世は、この困難に挑んでみたい。
その困難がものすごくつらいんですっていう話になってくると、ほとんどの魂というのは、死んだ後になってきて、もう一回地球に生まれたいって。

人生の試練を岐路と捉える

なぜかっていうと、人間が魂を磨くことは実は、ものすごい楽しみなんです。

こんなの楽しくないって言ってるのは、心の中の真我、潜在意識、心の本当のあなたが言っているんじゃなくて、上辺の濁った、魂の周りの濁り、これを我というんだけど、この我が言っているんです。

本当は、ダイヤモンドみたく、キラキラ輝きたいんです。

だからよく、キリストでもそうだし、色んな像を見ると、上から光輪っていうのが出ていますよね、パァーって。
あれがオーラなんです。

誰でも実は、すごく大きいオーラがあるんだけど、その真我という光に、人間の真の姿は光ですからね。

 

この光に我という汚れが付いているんです。
これが薄くなれば薄くなるほど、オーラって大きくなってくるんです。

だから、このオーラを大きくしたくてしょうがないんです。

だから、何回生まれてもまた生まれてきたい。
中に、途中でその、自分で決めてきた試練なのに、挫折して自殺しちゃう人がいます。

自殺は何でいけないんだよっていうと、これも別にこの話自体全然信じる必要ないですからね。
この話信じる人ってのは、千人に一人、一万人のうちの一人だと思っていますから。

 

信じられないあなたは、全然全然、別に普通の人ですからいいんですよ。

自殺してしまう人がいるんだけど、その真我に話しかけると、死後霊に話しかけても、真我に話しかけても、自分は絶対死んじゃいけないっていうんですよ。

その自殺しようとしてる人ですら、その魂は死んじゃいけないよって。
それ世界中みんな言うんです。

世界中の自殺しそうな人ですら、真我、本当の自分は死んじゃいけないって。

何でかっていうと、例えば、80年生きる人が60年で死んじゃう。
60年で死んじゃうとすると、寿命があと20年残っていますよね?

人が死ぬと、ご先祖が迎えに来てくれたり、光の霊がちゃんと迎えに来てくれて、あの世へすーっと行けるんだけど、自殺した人っていうのは、20年間、残りの20年間真っ暗闇にいなきゃいけないんです。

何にも学ばない状態っていうのがどういうのかを、そこで学ぶんです。
ただそれは、無の世界なんです。

無の世界、何も無い世界、そこに20年間いるんです。

 

ただ、自殺今年しても、来年生まれ変わっちゃう人もいるんです。

そうすると、なんだ1年しか暗闇にいなかったんですかっていうと、そうじゃないんです。
いったん死んで魂の世界に入ると、夢が10秒しかみてなくても、長い長い夢をみたっていう。

それって長い夢をちゃんと時間的に感じているんです。
だから、たかだか1年でも、ものすごく長く、20年分を十分感じることができるんです。

だから、自殺しちゃいけないよっていうような話をします。
だから、これはもうみんな共通で、心の中では知ってます。

この話を聞いて、俺はそんな話を信じないとか理解できないっつっても、あなたの中にずーっと奥の奥にいる人はちゃんとこの話を聞いて、そうだそうだって頷いています。

 

自分で決めてきたことだから、本当はどんな試練でも、自分に乗り越えられないものはないんです。

自分が乗り越えられる程度のものしか起きないんだよっていうことを覚えておいて欲しいです。

それと、じゃあこの試練っていうのを避ける方法があるんですかって。

それから、軽くかわせるって言っちゃおかしいけど、そういう方法があるんですかっていうと、それがありますから、これを聞いてくれた方にプレゼントとして入れておきます。

それは、人生の試練っていうのを岐路っていうんです。

そのときに自分は、あの時ダメになっちゃったっていう人と、その時にあの時こういうふうにして自分は救われたんだとか。
あの時で人間、魂が向上したんだとかっていうのがあります。

それは実は、人生の岐路っていうのは常にあるんです。
どういうことですかっていうと、人間関係で魂は成長するようになっているから、会う人会う人が実は人生の岐路なんです。

だからよく、インドで修行しようが、どこで修行しようが、要はまた人間社会に戻ってきて、人間と付き合うしかないんです。

その時によく、私が、これ後で分かったんだけど、愛のある言葉、愛のある顔で接しなさいよっていうと、みなさん、はい分かりましたって言ってたんだけど、実は分かってない人がほとんどだったんです。

私の説明が悪くて、愛のある言葉っていうのがすごく分かりづらかったらしいんです。

愛のある言葉ってどういうことですかっていったら、例えば、自分より年上の人がいて、おばさんかなと思ってもお姉さんなんです。

だから、女性はみんなお姉さんなんです。
食べ物屋さん行って、あんまりおいしくないかなと思って、お姉さんおいしかったよとか、お姉さん感じいいねとかって、おばさん何してとか、おばさん最近太ったんじゃないとかって、人が気分が悪くなるようなことを言うのが愛のない言葉って。

その人が気分が悪くなる。
髪の毛の薄い人をつかまえて、最近髪薄くなってきたんじゃないのとかっていうけど、それって言われた人はすごく傷つくんだよ。

本当のことを言って何が悪いのっていうけど、それが愛がないっていってるの。
本当のことなら何でも言っていい。

太ってることを気にしている人に、また太ったねとか言うこと自体が愛がないと言っている。

本当のことでも、愛がないよねって。

そういうことを言っていると、会う人会う人に笑顔でこんにちはとか、感じよくしてると、少し、少しっていうふうに岐路が微差ずつ曲がるんです。

だから、タイタニックの物語思い出してもらうと分かるんだけど、前に氷山があって急に横切ろうと思っても、船って急に曲がれないからね。

だけどあれが、はるか前からそのタイタニックが氷山にドーンと当たった、あれが試練みたいなものなの、人生の。
だけど、はるか前から少しずつ少しずつ曲げてたら、あんな氷山には当たらずにも済んじゃうの。

当たっても、大したことない。
人に優しい言葉、優しい言葉をかけてる人間っていうのは、例えば自分が大学に落っこちる試練があったとする。

 

大学に落ちる試練があって、大学落ちるかは分からない。

だけどもうガクンときて、こーなってあーなって、自分はこういう試練を受けてどうのこうのって話をしてくる。

 

結局しょせん自分のことだよね。
あなたはもしかしたら、人が落っこったって何でもないかもわかんないよね。

自分だからそういう痛みを感じるんだけど、だけど、なんだあいつ落っこったのかって。

なんだ、頭いいふりしてたいしたことねえじゃんとかって思う性格じゃなかったですか?

それが本当に、大丈夫だよ落っこったって。
次のところでまたいい人間に会えるかわかんないし。

入れてくれたところが、あなたの行く道で、あなたを落っことした学校がいい学校じゃないんだよ。

いい学校受けたけど落っこったってことが。
あなたを快く受け入れてくれたところが、良い学校だったんだよって。

もしね、その人が傷つかないように、相手の気持ちに愛のある言葉を喋っているような人だったら、もし自分にそういう落ちるようなことが起きても、そんなね、多大なショック受けてノイローゼになって自殺してとかっていうこともないし、そこまでもいかないよ。

いや俺落っこっちゃったんだよ、頑張ったんだけどさ。
でも次の学校で頑張るよとかっていうことになる。

だから、常に分かれ道、目の前にいる人が、今あなたの目の前にいる人が、人生を良くするか悪くするか、分かれ道の。

こんな人、俺に関係ない、初めて食べに行って、俺客なのに、おばさんでいいんだよとか、そうじゃないの。

お姉さん頑張ってるね。
この前、自分事でおかしいんだけど、ある所行って食べてたらね、おばさんがやっててすごくおいしくないの、本当に。

おばさん感じも悪いの。
おばさんおいしかったよって、感じもよかったしおいしかったよって、おばさんにチップあげたんです。

周りの人が、感じも良くないし、味も良くないじゃないですかって言ったんだけど、そうじゃないんだよって。

あの人、あの歳まで誰にも世話ならずに、あの味覚と味で生きてきたんだよ。
あの歳だから、あの味とあの能力であの店で、きっと子供なんかは学校行かしたりしてきたんだよ。

 

味覚が悪いのは、別にあの人の罪じゃないんだよ。

でも、頑張って頑張って生きてきたんだよ。

だから、おそらく今まで一回も褒められたこともないし、おいしかったとも言われたことないし、はいよっていくらかチップももらったことないんだよ。

人間って頑張ってきたんだから、一生のうち一回くらい褒められたっていいんだよって。
そしたら、うちのお弟子さんなんかは、すごく分かってくれて、本当だよねって。

あの人、あれでもね、生きてきたんだよね、自殺もしないで。

だって、もっと素晴らしい能力があって、途中で死んじゃう人がいたりさ、いるじゃない。
だからそう思ったら、すごく拍手してあげたいねって。

だから、一人一人にどうあっても、愛のある言葉が喋れたら。
その人には縁がないかもわかんない。

でも、自分の中の真我と空から見てる神様は、この人間が何してるか知ってるの。

だから、いつもいつも自分の、人に対して愛のある言葉を喋り、こうやって曲がっていかなきゃいけないの。

稀になんだけど、霊感のある人とか、それからインドが好きだとか、それを信用する人の中によ、そのことを鼻にかけて威張っちゃたりする人がいたり、本当に鼻持ちならない人がいるの。

そういう人って、その能力が人生を悪くしているんだよ。

だから能力があるのはいけないの。

 

だけどあなたの態度が、愛がある態度ですか?
だからそれは、霊感でもそうだし、学歴でもそうなの。

いい大学入ることが別に悪いことじゃないの。

だけど、俺は偉くて、お前らはバカなんだっていう態度がどっかに見えたら、相手の人に対して、会うとこ会うとこ、会う人会う人に悪い方悪い方へ少しずつ行きながら、今にタイタニックみたく避けられなくて、ドーンと試練にぶつかって、ものすごい勢いで船が沈むよ。

だから、少しずつ少しずつ良い方に持っていかなきゃいけないし、それから、全くあいつは何もしないとかじゃなくて、あの人はあのまましてるとどうなるかを学んでいるの。

だから、全く言うこと聞かないんだから、全く言うこと聞かない人は、このまま言うことを聞かないとどうなるかを学んでいるの。

だから、学ばない人はいないの。
だからよく、あの人は全く学ばない人、自分だけ学んでいるように言うけど、それはあなた学びが足りないよ。

 

魂的に学ぶっていうのは、そういうことじゃないの。

今世、来世、再来世、その人は来世になると、学ばないとこうなっちゃうの前世で習ってきたから、今回はこういう仕方をして、こういう試練を用意してきますっていうことなのね。

地球は面白い星

難しい話ついでだから、もう一個だけ難しい話しちゃうんだけど。

地球という星はかけがえがないです。
色んな人は星に生まれたり、何回も人間になって出てくるんだけど。

人間というもの、この地球が一番楽しくておもしろい星なんです。
なんでかっていうと、他の星には、魂的に生きてるから物がないんです。

だから、この地球で幸せになるためには、生活も自分でちゃんとしなきゃいけないんです。

楽しいことばっかやってたって、生活がきちっと安定していないとだめなんです。
だから、そんな大金持ちになる必要はないんだよ。

だけど、きちっと食べて、きちっと身なりできるだけの生活をまずちゃんとしないといけない。

それと、魂ごと心の問題を幸せになんなきゃいけない。

この2つをやらなきゃいけない星というのは、ここしかないんです。

この地球には、病もあります。
死もあります。

病ってこういうことなのか、死ぬってこういうことなのか。

 

でも、死んでも大丈夫です。
魂がすーって抜けるだけで、別に魂が死ぬわけじゃないんです。

でも、体の死というのもよく分かります。
あ、こういうものなのか。

魂がふぁーって抜けて、天井から見てる。
まだ嘘かと思ってたけど、本当だったんだって。

これも死ねば分かります。
だから、もし今この話聞いていて全然分かんなくてもいいです。

本当に死ねば分かります。

人って、あと何十年かそうやって大概の人は死にます。
あと何百年も生きる人ってのほとんどいませんから。

魂が抜けて上から見てたとか、昔言ってたことがこれ本当だったんだなっていうことが実際にいくつも分かってきます。

この地球が、何度も何度も地球に生ましてくださいっていうことは、精神的な幸せと物質的な幸せね、ご飯をちゃんと食べられるとかね。

 

必要以上にものすごい物を欲しがるとか、そういうこと自体はそれは我なんだよ。

だから、だからといって、ものすごく貧しくていいんだとかって、これ両極端なのはだめだよ。
もう口銀宅して心さえいいんだってのは、この地球上の生き方ではないんだ。

この地球上ってのは、ある程度ちゃんとした雨露しのげる所に住み、人様が見て汚らしいと思わないような身なりをし、女性だとしたら人が見て花と思えるような生き方をし、そういうようなことを両方心がけていける。

大変だっていうのは、あなたの我が言ってるの。
真我は、また生まれたい。

何度でも試練を作ってきてでも、自分のことを磨きたい、ダイヤモンドの一面を削るように、研磨するように、この一面、この一面って磨いて、光輝く自分をダイヤモンドにしたい。

そしたら、パーっと人間の体からオーラが飛び出して、その人から、その人に会いたくて仕方がないような、そういう試練を経ながら、人間は神様に近づいていくんだよっていう。

 

今日は、珍しくものすごく難しい話です。

それと、千人に一人か万人に一人しか信じられない話です。

信じられない人は、たまに変わったおとぎ話を聞いたなっていうふうにしてください。

この話は、おそらく分からない人は100回聞いても、1000回聞いても分からないと思います。
楽しいおとぎ話だと思って、100回聞いてください。

ありがとうございます。

はい、追伸です。

この中でですね、私が言い損ねてしまっていることがあるんですけど、霊感があるのがいけないって、あるのがいけないんじゃないんだよって。

色んな才能があるのはいいんです。

ただその才能を、人の役に立てるのならいいけど、その才能で、できない人を馬鹿にするようなことはいけないんだよって。

だから、良い学校に入るのもいい、良い才能を持ってる、絵が上手いのもいい。
だけどできる人は、できない人のために頑張るっていうことで、できる人はできない人を馬鹿にしちゃ運勢が悪くなるよって。

要するに、人生の分かれ道、良い方に行くのと悪い方に行くっていう分かれ道ね。
岐路って分かれ道って意味。

だから、良い方にいくか、悪い方に行くかって、人生の常に分かれ道なんだよっていう、そのことを言っています。

だから、そのことを訂正がありました。
それと、もう一個だけ訂正があります。

この話、非常に難しいのは、しょうをがいして言わなければならないんで。

まずいところのおばさんがいてって、そのおばさんっていうのを、称変えしなくちゃいけないんですけど、私が言っている時は本当は、ちゃんとお姉さんって言ってるんだけど、実際にこう、この場で喋ると使い分けなきゃいけないんで、使い分け損ねてます。

ここであえて、これおばさんチップだよって言ってるけど、私が言ったときはちゃんと、お姉さんって言っています。

中々、上手く喋れないでごめんなさい。

でも、一生懸命やりました。
ありがとうございます。

100人に1人で大成功!してはいけない執着とは?

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